2006年 05月 21日
5月20日(土)ボンヴォヤージュ
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稽古をする。
集まりがあまり良くなかったものの、次回作について制作的な話やスタッフ面について少し具体的な話をする。また、脚本のできた部分について仮の配役で少し読み合わせてみた。
次回作は前回に引き続き、独白を基調とした伝聞スタイルの芝居になるが、前作と違う点は、独白と会話を交錯しておこなうことだ。舞台は、ある地方都市の市民講座「古典を読むーエレクトラ全10回」が開かれているコミュニティセンターになるが、そこにその町で起ったある事件や、本作の原作であるソフォクレスのエレクトラの世界が入り交じることになる。
つまり、登場人物たちの独白をひとつの軸として、市民講座が開かれている現在ー少し前の過去ー2500年前の、原作が舞台とする世界ーそれを回顧して伝聞している世界、の4つの時間軸が交錯する芝居である。
まだ稽古を進めないとはっきりとしたことは言えないが、この稽古は、おそらく”凡庸さ”との戦いになると思う。独白を軸に色々な時間軸を交差させる手法は、ともすればひどく凡庸なものになりがちだ。使い古された手法なだけに、そこには慎重でありたい。
この作品が、ある現実的なスリリングさをもって観客の手に届くことで、観客の中にある演劇というものの価値観や存在意義を、少しだけでも広げることができれば幸いだ。
まだ見ぬ到達点に向かって、稽古は始まったばかり。
集まりがあまり良くなかったものの、次回作について制作的な話やスタッフ面について少し具体的な話をする。また、脚本のできた部分について仮の配役で少し読み合わせてみた。
次回作は前回に引き続き、独白を基調とした伝聞スタイルの芝居になるが、前作と違う点は、独白と会話を交錯しておこなうことだ。舞台は、ある地方都市の市民講座「古典を読むーエレクトラ全10回」が開かれているコミュニティセンターになるが、そこにその町で起ったある事件や、本作の原作であるソフォクレスのエレクトラの世界が入り交じることになる。
つまり、登場人物たちの独白をひとつの軸として、市民講座が開かれている現在ー少し前の過去ー2500年前の、原作が舞台とする世界ーそれを回顧して伝聞している世界、の4つの時間軸が交錯する芝居である。
まだ稽古を進めないとはっきりとしたことは言えないが、この稽古は、おそらく”凡庸さ”との戦いになると思う。独白を軸に色々な時間軸を交差させる手法は、ともすればひどく凡庸なものになりがちだ。使い古された手法なだけに、そこには慎重でありたい。
この作品が、ある現実的なスリリングさをもって観客の手に届くことで、観客の中にある演劇というものの価値観や存在意義を、少しだけでも広げることができれば幸いだ。
まだ見ぬ到達点に向かって、稽古は始まったばかり。
by O_pelican
| 2006-05-21 17:19
| 創作ノート